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2025/05/11(Sun)13:40
by スタンリー・キューブリック
2025/05/11(Sun)13:40
2007/10/21(Sun)21:31
音楽の良し悪しは「好み」でしか片付けられない問題か????
というのが、ずっと僕が一番否定したかった命題でした。
なぜならば、僕がこんなにのめりこんで聴いている音楽をただの趣味の域に限定してしまいたくないからです。
音楽を聴き漁るというのも、もちろん勉強だ。かように思っております。
本日読了したこの「芸術起業論」は、そのような命題を否定しうるのにまさにうってつけの本でした。
村上隆という人は、単純にオタク文化をアメリカに持ち込んだだけの人とは違います。
彼は、世界の歴史的文脈の中に自分の表現を位置づけることで、芸術家として成功しました。
つまり、ただ黙々と作品を作ったのではなく、フラットな視点で(客観的に)芸術の文脈を勉強し、それを「解釈」、「再構築」した作品を作り上げたのです。
例えば、マルセル・デュシャンの「泉」という作品だって、素人が適当に作った代物ではありません。
そこには、背後に大きなドラマが付加されていて、きちんと文脈を理解した作品なのです。
(でないと、展覧会に出品することさえ不可能じゃないですか!)
(((ちなみに、僕の尊敬するマンガ家大塚英志は村上隆が大っキライらしいです。複雑なり。)))
日本には、批評家という存在が、あまり根付いておりません。
しかし欧米では、批評家の地位はとても高いものになっています。
なぜなら、日本では「芸術は好みの問題」なのに対して、欧米では「芸術は客観性の問題」であるからです。
(だから、ジャン・デュビュッフェのアンフォルメルな作品が日本でウケ、逆にウォーホールのような歴史を再構築した作品が欧米では「革命」と称されています。)
まあ批評家の存在を引き合いに出すまでも無くここでひとつハッキリしているのは、芸術が深く根付いているのは欧米であって、非常に大きなビジネスとして確立しているのも欧米であるという事です。
個人の好みで片付けられてしまっては、芸術家は食べてはいけませんから。
要するに、芸術は客観的に批評することは可能であるということです。
皆が等しく理解できる芸術のメインストリームが存在しているのです。
このことは、いろんな分野のことに当てはまります。
オシャレだって、そうです。服のセンスの良し悪しは誰が決めるかったら、より服をたくさん見ている人、つまりスタイリストです。
もっと言っちゃうと、人間の良し悪しだって決められると思います。人は平等だとは決して思いませんよぼかあ。
でもそこには、それなりの論理と論拠は絶対に必要です。
ただ単に、ランクを決定するのは個人の好みでしかありません。客観性を重視するためには論理は必須です。
ここで音楽の話に飛びますが、僕も批評家になれるんじゃね?と思ったときがあります。
ジャパニーズインディーズシーンが一目脚光を浴びたとき、ぼくもその波に飲まれました。
Hi-STANDARDが筆頭としたメロコアブームでは、キャッチーさが第一とされてて、ぼくもメロディック、売れ線の曲を探し続けました。
今売れっ子のELLEGARDENなんかは、3枚目のEP「my own Destruction」から知ってるし(てか持ってるし)
HAWAIIAN6は最初のアルバム「FANTASY」から知ってるし、the band apartは、2枚目のEP 「Eric.W」を買ったし、SHACHIはpower of life持ってるし、HOLSTEINは最初のEPから持ってるし、LAST ALLIANCEの前身バンドS☆CREATERSのベストアルバム買ったし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現在みんなやっとこ有名になった人たちですが、こんな昔から僕は目をつけてました!!!(自慢)
欧米の批評家、キュレーター、ギャラリスト、コレクター、画商なんかもきっと同じ気持ちで作品を買うんでしょう。(そして億単位の大きなマーケティングにつなげるんでしょう)
はーいここで、個人的に音楽の文脈と照らし合わせてアーティストを批評してみます。
ドラムを中心にしちゃいますが。。。
僕が人生で最も魂を揺さぶられたtoeは、欧米では通用しないと思います。
カシクラさんのドラミングは、アメリカ人には「なんてダラしのないスティックさばきだ!ファッキンジャップ!」と一蹴される気がします。
欧米なりの解体→再構築の仕方と、日本のそれとは、やはり守るべきトコと解体すべきトコのセンスが違うからです。ルールの違いです。
どちらかというと、欧米のほうがタイトさを重視したドラムが多い。日本のほうがルールを瓦解したドラムが多い気がします。
その点では、若手ですが、nhhmbaseなんかは、欧米でも通じる感じはします。オリジナリティもタダモノではない。ただ、キャリアが少ないので、バックグラウンドの物語性には欠けますが・・・。
envyなんかは、mogwaiが作り上げたスロウコアムーブメントと激情系ハードコアを織り交ぜた新しい「解釈」を提示して、世界のenvyとなることができました。
melt bananaなんかは鼻から日本で勝負する気は無く、早々にヨーロッパで活動しております。
竹村ノブカズ氏もそうかな?器が違いすぎるけど。
toeなんて、tortoiseに比べたらぜんぜん器ちいっちゃい事は理解しております。
大友良英、竹村ノブカズ、ジム・オルーク、イルミン・シュミット、カールハインツ・シュトックハウゼン、ジョン・ケージ・・・・・・・・・・・・・・
器のデカイアーティストなんて数え切れない程おりますが、それでも僕は、自分が一番感動したアーティストが一番大切な存在です。
toeは、僕の音楽遍歴の文脈にビッタリマッチしていたんでしょうね。
No.57|哲|Comment(0)|Trackback()
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