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退屈は最大の罪である。

                              by スタンリー・キューブリック

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2025/05/11(Sun)04:51

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神言Ⅱ

2007/08/14(Tue)14:40

昼間は某銀行マン。
夜になるとDJになったり、ギターを掻き鳴らしたり。
またグラフィックデザイナーの顔をももつ。
育児もこなす。

っちゅートツテモ尊敬しちゃう人ISAIさん。のブログ(人生の指南書)から転載。


まー打ち上げでもコレを話し出すとウザくなるので黙ってたんだけど、音楽も含めたサブカルチャー全般って「対立」が前提だったりするワケじゃないですか(以下クドくなるんで興味ない人は飛ばしてくださーい)。古くは「モッズVSロッカーズ」とか、僕が十代の頃だと「メタルVSパンク」とか(笑)年寄り連中で花咲いた札幌CISCO昔話でも、90年代にクラブが全盛になった時に一斉に在庫からROCKが排除されたりとかね。「ROCKなんてダサい」って時代。でもその「対立」の「邂逅」がまたまたサブカルチャーのもう一つの本質でもあるワケで、そのCISCOも最近オンラインでROCKの販売を復活させたりとかね。細分化と包括の反復は特にカウンターカルチャーを気取る音楽においては大きな意味を持ってるワケです。

誰もが全てを簡単に受け入れられたら表現する事の意味はなくなると思うんです。コンセンサスが出来上がればそれはもうサブカルチャーじゃなくてカルチャー。それこそカルチャースクールで両ヒザそろえて先生様に教えてもらえたりするものだったりしちゃうわけです。僕個人もクラブなんて全盛期の90年代には全く行こうとも思わなかったし、踊りたいともこれっぽっちも思わなかった。テクノもハウスもぜーんぜん自分の中じゃないのと一緒だった。そのくせ「俺は人とはちょっと違うもんを聴いてるんだぜ」みたいなただ受容してるだけで変な特別意識を持っちゃってね。自分が受け入れられないものはあえて無視をキメこんだりしてさ。でもそんな自分も今クラブでアホみたいに明け方まで踊れたりするんだから人なんてわからんのですよ。だから「最善を尽くして」「待つ」ことに僕は意味があると思ってます。theSunだって誰にも振り向かれる音楽じゃないのは自分自信がよく知ってます。でも何らかの展望を持って続けてると少しづつでも振り向いてくれる人はいてくれる...自分の価値観の中で「違う」ものを消化できる人と、決して受け付けることの出来ない人っていうのはいつの時代でも変わらずにいるわけで、それはもうどうしようもないことだと思うのです。人を変えるなんてそう簡単にできることじゃない...でも、やるんです。だって、他にやることってないからさー




極論言えば、全部全部好きなモノにしてしまえばよいと思うのです。
キライなモノもあって当然。自分の価値観ブヨブヨになっちゃうってのもわかります。
でも、ぼかぁALL OKを目指したい。
そっちのほうが新しい発見が多いじゃないでーすか。

芸術の本懐は「否定」って言った人がいました。
つまり、「ひゃー!」ってなったときに自己の価値観の更新があり、既存の考えを否定され、塗り替えられる瞬間にこそ芸術の本質があるってゆー話。
まぁー全然そればっかが大切ではないと思うけど、やっぱそうゆう経験をたくさんしたいなあー。
毎日違う自分に出会いてぇなあぅぁあーーって思うのです。



今日の「ひゃー!!」

owls:  http://jp.youtube.com/watch?v=2pcJ11a0fQI&mode=related&search=
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